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根岸の四季
[ネギシノシキ]

ジャンル 地唄・箏曲
山田流
作曲者 山長谷検校
作詞 山長谷検校
調弦 箏:半雲井調子-四上り平調子-半雲井調子
三絃:本調子-二上り-本調子
  [前弾]

  上野なる、根岸の里のたのしさは、春は鶯、
  梅、桜、つつじ、山吹吹きつれて、
  花に心のひまぞなき、また或時は思ふどち、
  菫咲く野にうちむれて、酒くみかはし遊びつつ、
  つくし田圃やいろいろの、その手ずさみにすがの音の、
  ながき春日をあかずして、詠め暮すぞ面白き、

  [合の手]

  夏は卯の花たちばなの、かをる軒端をゆきかへり、

  [合の手]

  山時鳥あおづれて、青葉をさそふ夕風の、
  涼しきままにうち出でて、沢辺をゆけば此処かしこ、
  もゆる蛍は須磨の浦に、あまのなはたく藻塩火の、
  影かとのみぞおもはるる、

  [合の手]

  秋はことさら百草の、花のひもとくその中に、
  わきてなまめく女郎花、誰を招くか花すすき、
  思ひ乱れて咲く萩の、花の錦の床の上、
  射し入る月の隈なさに、訪ひ来む人もあれかしと、
  嵯峨野あたりをおもひ出て、しばし慰む爪琴の、
  調べにつれて鳴きかはす、

  [合の手]

  虫の声さへ小夜ふけて、いとどあはれに聞ゆなり、

  [合の手]

  いつしかと、野辺の千草も冬枯れて、
  落葉散りしき霜おきわたし、こずゑこずゑに降る雪は、
  春咲く花の心地して、実に面白き風情なり。
訳詞 上野なる根岸の里の楽しさは春は鶯、梅、桜、つつじ、山吹咲きつれて花によって心の暇がない。
またあるときは趣味を同じくした仲間と連れ立って、菫の咲く野原に集って、酒を酌み交わし遊んで、つくしの田圃やいろいろの、その手慰みに琴の菅垣の音色も長く春日を倦ずにうたい暮すことは面白いのである。
夏は卯の花、橘の香る軒端を往復し、山ホトトギスは訪れて、青葉を吹く夕風は涼しい。
その涼しさに家を出て沢辺を歩けば、あちこちに光を燈す蛍は須磨の浦で漁夫のなわ焚く藻塩の火の影かとばかり思われる。
秋は殊更多くの草の花が開くその中で、優れて優美なのは女郎花、誰を招くのか風に靡く花ススキ、思い乱れたように乱れ咲きする萩の花、それらの花の錦の床の上に、窓から差し込む月の明るさに訪ねてくる人があってほしいと待てば、平家物語に嵯峨野あたりで子督局が暫時慰むために箏を弾じた調べを思い出し、その調べの音と鳴き交わす虫の声がする。
その鳴き声は夜が更けるにつれていよいよ趣深く聞こえてくる。
いつの間にやら、野辺の千草も冬枯れて落葉は散り敷き下は白くあたりを多い、梢に降り積もる雪は春咲く花かと思われて、実に面白い風情である。
補足 山田流箏曲。奥歌曲。四季物。
根岸周辺の四季の風物を主題としたもので、作詞も山長谷自身と伝えられる。 各季節の間に合の手が入り、季節ごとに調子が変化する。
とくに秋の部分は、小督の故事から「楽の手」が入り、「いとど哀れに聞ゆな」のあとの合の手は技巧的で、虫の音の描写を行なう。
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