ジャンル |
地唄・箏曲 山田流 |
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作曲者 | 村住勾当 |
調弦 |
三絃:本調子-二上り-三下り 箏:半雲井調子-中空調子 |
唄 |
陸奥の、しのぶ文字摺誰ゆゑに、乱れ初にし思ひをも、 せめて暫しは忘れ草の。 [合の手] それにもあらで我名をば、忘れん事の恥しと、 袖にうつして往く道の、独の旅の名は二人連、 慰みながらひとふしの、踊り拍子の掛け声や。 [合の手] 飛騨の踊りは面白や。 [合の手] おおそれよ我が名は何んと繰り返し、繰り返しつつ、 [合の手] 往来の人の笑ふとも、何んの儘、よさ儘の川、 これも河辺に着きにけり。 [合の手] いざや渡らん向ふの岸と、思ひ渡りて能く見れば、 袖に跡なき濡れ衣、我は恋せぬ身なれども、 浮名を流す此の川の、名も今更に恨めしき。 [合の手] よしや流れも果しなき、底なる我を救はん。 [合の手] 川は様々多けれど、伊勢の国にては、 神裳濯川の流れには、天照大神の住み給ふ。 熊野なる、音無川の瀬瀬には、権現御影を映し給へり。 [合の手] 光源氏の古、八十瀬とながめける。 [合の手] 鈴鹿川を打ち渡りて、近江路にかかれば、 幾瀬わたりも野洲の川、墨俣、阿瀬か、くんぜ川、 傍は淵なる片瀬川。 [合の手] 思ふ人によそへては、阿武隈川も懐しや。 つらきに付けて悔しきは、藍染川なりけり。 [合の手] 墨染の衣川、衣の袖をひたして、岸陰や、 真菰の、 [合の手] 藻屑の下を押しまはし、かづきあげ汲ひ上げ、 見れども見れども、我名は更に無かりけり。 |
訳詞 |
陸奥の信夫の文字摺のように誰の為に乱れ初めた思いを、せめても暫時の間忘れ草、それではないが、自分の名前を忘れることが恥しいと、袖に書き付けて、往く道の一人の旅で二つの名前(稀代坊と不承坊)をもって慰みながら、一節の踊り拍子の掛け声に我が名をよんで歌う飛騨の踊りは面白いことであるよ。 おおそれそれ我が名は何だと繰り返して忘れないようにと称えるが、往来の人は何かしらと笑ったとても、何のかまったことがあろう。 ままよ真間川の岸辺に着いた。 さて渡りましょう。 向う岸についてよく見れば、袖に書きつけた名前の文字は跡なく濡れ衣になった。 自分は恋しない身であるのに、浮名を流してなくした我が名は今更恨めしい。 よしや流れても果てしない底にある我が名を救い拾い上げてくれるであろう。 川には色々多くの川があるが、伊勢の国では神裳濯川の流れには天照大神がお住みなさっておられる。 熊野の音無川の瀬々には権現様の御影が映っている。 光源氏の昔、多くの瀬とうたわれている、鈴鹿川を渡って近江路にかかれば、幾瀬も渡る野洲の川、墨俣、阿瀬、くんぜ川、傍は淵になる片瀬川、思う人によそえて逢えるという阿武隈川も懐かしいことである。 辛いにつけて悔しく思われるのは愛人に逢い初めたという名の藍染川であるよ。 墨染の衣川、衣の袖をひたして岸陰に、真菰の藻屑を押しまわし、掬い上げて捜しても捜しても流した我が名は一向に見つからないでしまった。 |
補足 |
本調子端唄。 歌詞は狂言『名取川』より借用。 ~名取川~ 忘れっぽい僧が比叡山に登って希代坊と掛替の名の不承坊の名をつけてもらった。 そして忘れないように袖に書き付けてもらった。 途中忘れないように舞に名前の唄をのせてうたって行くうち名取川に出た。 川を渡るうち袖を濡らして名を流してしまった。 川底を捜していると名取某が来たので、それは希代なことと言われ、不承してくれと言われたことから、忘れた名を思い出したというのである。 |