古典曲検索

鐘が岬
[カネガミサキ]

ジャンル 地唄・箏曲
その他
別名 古鐘が岬
作曲者 深草検校?
調弦 三絃:本調子
箏:雲井調子
  鐘に怨みは数々御座る。
  初夜の鐘を撞く時は諸行無常と響くなり、
  後夜の鐘を撞く時は、是生滅法と響くなり、
  晨朝の響は生滅々已、入相は寂滅為楽と響くなり、
  聞いて驚く人も無し。
  我も五障の雲晴れて。真如の月を眺め明さん。
  言はず語らぬ我心。乱れし髪もみだるるも、
  情無いはただ移り気な、如何でも男は悪性者、
  桜々と諷はれて。いふて袂のわけ二つ、
  勤めさへただろうか勤めさへただろうかと、
  どうでも女子は悪性者。吾妻育ちは蓮葉な者じゃへ。
  恋の分け里、武士も道具を伏編笠で、
  張りと意気地の吉原、花の都は歌で和ぐ敷島原に、
  勤めする身は誰と伏見の墨染、煩悩菩提の撞木町より、
  浪花四筋に通ひ木辻に禿立ちから、
  室の早咲それがほんに色じゃ、一い二う三い四、
  夜露雪の日下の関路も、共に此身は馴染重ねて、
  中は円山ただまるかれと思ひ染めたが縁じゃへ。
  梅とさんさん桜は何れ兄やら弟やら。
  わきていはれぬ花の色、杜若、燕子花は、
  何れ姉やら妹やら、わきて言はれぬ花の色へ、
  西も東もみんな見に来た花の顔、さよへ。
  可愛ゆらしさの花娘。恋の手習ひつひ見習ひて。
  末は見しよとて紅かねつきよぞ、みんな主への心中だて、
  おお嬉し、おおうれし。末はかうじやに、
  そうなるまでは、とんといはずに済まそぞへ、
  誓詞さへ偽か嘘か誠か、どうもならぬ程逢ひに来た。
  ふつつり悋気せまいぞとたしなんで見ても情なや。
  女子には何がなる。
  殿御々々の気が知れぬ悪性な悪性な気が知れぬ。
  恨み恨みてかこち草、露を含みし桜花、
  さはらば落ちん風情なり。
  面白の四季の眺や三国一の富士の山、
  雪かと見れば花の吹雪か吉野山、散り来る散り来る嵐山。
  朝日山々を見渡せば、歌の中山、石山の、
  末の松山いつか大江山。生野の。道の遠けれど、
  恋路に通ふ浅間山、一夜の情有馬山。いなせの言の葉。
  あすか木曾山待乳山、我が三上山いのり北山稲荷。
  山。縁を結びし妹背山、二人が中の黄金山、
  花咲くゑいこのこのこの姨捨山、嶺の松風音羽山、
  入相の鐘を筑波山、東叡山の。月の顔ばせ三笠山。
  ただたのめ、氏神様が、可愛ゆがらしやんす。
  出雲の神さんと約束あれど、つゐ新枕廓に恋すれば浮世じゃへ。
  深い中じゃと言い立てて、こちやこちやよい首尾で。
  よい首尾で。憎くてらしい程可愛し。吉野初瀬の花紅葉。
  いつも色よくな。咲き初めて紅を差すが。
  品よし姿よしああ襷のの字の賊が業。
  しほらしや、田長鳴く皐月五月雨早乙女さをとめ田植歌。
  早乙女早乙女田植歌、裾や袂を濡した、皐月花の姿の乱れ髪。
  不思議やこの鐘の、我が一念の心のきづな、
  胸のほむらは明王の火炎の、黒煙を立てたる如くにて、
  思へばこの鐘怨めしやとて、
  竜頭に手をかけ飛ぶぞと見えしが引きかづいてぞ失せにけり。
訳詞 鐘には怨みがいろいろある。初夜の鐘を撞く時は諸行無常と響き、後夜の鐘を撞くときは是生滅法と響くのであり、晨朝の響きは生滅々已と、入相の響きは寂滅為楽と響くのである。聞いて驚く人も無い。自分も女性の五障の迷いが晴れて、真如の月が迷妄の雲を明るく照らすのを眺め明かそう。言わず語らず我が心は丁度乱れて髪がさらに乱れたようで、情け無いのは只浮気なことで、なんとしても男は淫奔者である。
伊達者伊達者とうわさされさわがれて、女は分けの女郎、勤めも熱がはいらずうかうかとしても女はやはり淫奔者である。江戸子育ちは浮気の者よ、遊里の武士は武具を伏せ、顔を見られないように編笠をまぶかにかぶり、はりと意気地で通す吉原、花の都は歌で和らぐ、京都の島原、その島原で勤める身は誰と臥すであろう。伏見の墨染め、煩悩菩提の撞木町から大阪の浪花四辻へと通い。奈良の木辻で禿に立って播磨の室で若くて本当の遊女になる。
一二三四、夜露、雪の日、霜といえば下関、その関路を越えて、共になじみを重ね、中は長崎の円山のように円満にあれかしと思い初めたのが縁になった。
梅と桜とどちらが兄か弟か区別できない花の色、杜若と燕子花もどちらが姉か妹か区別が出来ない花の色、西に東に南にと、皆見に着た花のような美しい顔、可愛らしい花娘、恋の手習いをつい見習って、誰にみせるつもりか紅やかねをつけて、誰にみせるものでもない、みんな主への心ずくしよ。おお嬉しい嬉しい。
末は夫婦約束して、そうなるまでは、必ず他にはもらさずにおきましょう。誓詞さえ、偽りか嘘か誠か信じられないが、とにかくどうもなら無いほど逢いに来た。今後ふっつりやきもちやくまいと自分に言い聞かせてみても、ままならない。女子にとって、何がなることがあろうやら。
殿御の気がわからない。本当にいたずら者よ。恨み恨んで愚痴を言って、露を含んだ愛敬をもった桜花、さわれば靡く様子である。
面白い四季の眺めよ、三国一の富士山そこに積った雪かと見れば花吹雪花の名所の吉野山、嵐に散り来る嵐山、朝日に照らされてるのを見た朝日山、歌で名所の宇治の中山、大津の石山、奥州の末の松山で、末に逢うのを待つ松山、いつかその甲斐あって逢う丹波の大江山、生野の道は遠いけれど、恋路に通う浅間山、一夜の情のある有馬山、諾否の言葉の猪名野の返事は明日になって来るのか木曾山で待つ待乳山、我が信じる滋賀の三上山に来た北山稲荷山で祈り、縁を結んだ夫婦の契りの妹背山、やがて二人の間には黄金より可愛い子供の黄金山が生まれ、花咲くその子の姨を捨てた信州姨捨山、嶺の松風の音のする京都の音羽山、夕方を告げる鐘を撞く筑波山、東叡山の月の顔つきを見る三笠山、心から頼みなさい氏神さまを、そうすれば神様は可愛がりなさいますから、出雲の神様のおかみさんと約束をしているが、つい廓で新枕して、恋するようになった。
思えば定めない世であるよ。深い恋仲だと言い立てられ、こちらはよい結果になって憎らしいほど可愛らしい女子になった。吉野や初瀬の花や紅葉、いつも綺麗に咲き、紅で染めるが、品はよし、姿はよし、のの字にかけた襷がけのすがたは賊の女らしく可愛らしい。
時鳥の鳴く皐月、五月雨の降る田植女の歌う田植歌、裾や袂を濡らして、皐月花のような優しい姿に乱れ髪。不思議なことにこの鐘に我が一念の心が断ち切れない情によって、胸のほのおが明王のほのおとなって黒煙をたてて、もえあがる。思えば、この鐘よ怨めしいと鐘の龍頭に手をかけて飛ぶかと見えたが引き被って消え失せてしまった。
補足 地歌。
『古鐘が岬』とも。
大阪中山座二の替り『九州釣鐘岬』の大切に中村富十郎が『江戸鹿子娘道成寺』の外題で演じたものが、地歌に遺存した。この『古鐘が岬』を短縮したものが『娘道成寺』であり、さらにそれを手事物化したものが『新娘道成寺』である。

~道成寺~
紀州愛子の庄司は1人の娘なる清姫をもっていた。奥州から熊野詣の途中毎年この家に宿泊する山伏がいた。末は夫と思い染めた娘は、一緒に奥州へ連れて欲しいと迫った。山伏の安珍は驚いて夜のまぎれに逃れて日高の寺、道成寺へ駆け込み撞鐘をおろしてその中に隠れた。あとを追って清姫は水かさの増した日高川を一念こって毒蛇となり泳ぎ渡り、安珍の隠れた寺の鐘を七巻まき、尻尾で鐘を叩くと、たちまち鐘は湯となって消え失せた。
一覧に戻る