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雨夜の月
[ウヤノツキ]

ジャンル 地唄・箏曲
山田流
作曲者 中能島検校
作詞 不詳
調弦 箏:半岩戸調子-雲井調子
三絃:低二上り-三下り-本調子
  落花の雪に踏み逃ふ、片野の春の桜狩り、
  紅葉の錦着て帰る、嵐の山の秋の暮、
  げに痛わしや俊基卿、身は捕われの籠の鳥、
  のがれがたなき恩愛の、わがふるさとの妻子をば、
  ゆくへも知らず思ひおき、はるけき旅に出で給ふ、
  心のうちぞ哀れなる。

  憂きをば留めぬ相坂の、関の清水にうつらふ影の、
  末は山路を打出の浜、瀬多の長橋うち渡り、
  行きかふ人に近江路や、夜をうねの野になく田鶴も、
  子を思ふかとかなしまれ、時雨もいたく森山の、
  葉末の露に袖ゆれて、風に露散る篠原や、
  忍びかねつつ越え行けば、鏡の山はありとても、
  涙に曇りて見えわかず、物を思えば夜の間にも、
  老蘇の森に木がくれに、都の空へだつらむ。

  あらはずかしやわが姿、浮世の夢はかり衣の、
  不破の関屋は荒れはてて、なほ漏るものは秋の雨、
  いつかこの身の尾張なる、熱田の社ふしおがみ、
  塩干に今や鳴海潟、かたむく月に道見えて、
  末はいづこと遠江、浜名の橋の夕汐に、
  引く人もなき捨て小舟、沈み果てぬる身にしあれば、
  誰か哀れと夕暮の、入相なれば今はとて、
  池田の宿に着き給ふ。

  元暦元年のころかとよ、重衡の中将が、
  東夷のためにとらわれて、ここに宿りを求めしに、
  東路の羽生の小屋のいぶせきに、
  ふるさといかに恋しかるらむと、
  長者がむすめがよみたりし、
  そのいにしえの哀れまで、思ひ残さぬ涙なり。

  旅館の燈かすかにして、鶏鳴暁を催せば、
  匹馬風にいななきて、天竜川をうち渡り、
  小夜の中山過ぎ行けば、いとど哀れを菊川や、
  涙の流汲みかねて、やがてぞ越ゆる大井川、
  島田藤枝後になし、岡部の真葛うらがれて、
  物哀れなる宇都の山、むかし在原の業平が、
  東の方に下るとて、読みし心も清見潟、
  都に帰へる夢をさえ、通さぬ浪の関守に、
  いとど涙を催され、向ふはいづこ三保が崎、
  興津蒲原うち越えて、富士の高根に立つ煙、
  上なき思ひにくらべつつ、明くる霞に松見えて、
  浮島が原を過ぎ行けば、おりたつ田子のみづからも、
  浮世をめぐる車返し、竹の下道ゆきなやむ、
  足柄山をこゆるぎの、いそぐとしもはなけれども、
  日数つもればそれの日に、鎌倉にこそ着きにけれ。
補足 山田流箏曲。奥歌曲。道行物。
「太平記」巻二の「俊基朝臣再関東下向事」を原拠とし、省略、補綴したもの。道行を重ねるうちに次第に主人公の不安感・絶望感が募っていくさまを音楽的に表現。
「島田藤枝後になし・・・」以下、河東節『夜の編笠』の音頭による音頭を4回繰り返すことによって絶望を超えた放心状態を表す。冒頭の前弾と歌い出しは平家琵琶風。一中節や河東節風の節扱いを多用。
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