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貴船
[キブネ]

ジャンル 地唄・箏曲
その他
作曲者 藤林検校 箏手付け:河原崎検校や藤林検校
作詞 小谷立静
調弦 三絃:本調子-二上り-本調子
箏:半雲井調子-平調子-中空調子
  蜘蛛の家に荒れたる駒は繋ぐとも二道ふたみち掛くる。
  其人を如何に頼まんあだし野の、仇しこの身はままにはならぬ。
  月日つきひ程へて昔の訳を、思ふもるる我が袖の、
  港へ帰る仇浪の、寄る寄るごとに立ち出でて、
  ふりあげ見れば大原や。御室みむろに近き小塩山、
  糺の森の木の間分け、通ひ車の黄昏たそがれ見れば、
  車の車の黄昏見れば、包む辛さをたもとに余る。
  訳を友禅いうぜん左のかいなもも助様すけさま命と彫りし、
  その睦言むつごともいつしかに、変る渕瀬となげいた、
  海士あま捨舟すてふね我れ一人、こがれこがれて行く水の、
  影さへ清き加茂川や。やつれ果てたよ、我が顔かたち。
  かくは見捨てぞ、よしなやな、三尺袖を、
  年が寄りたら何振なにふろにしやうがいな。振れや振れ、
  古夫ふるつまいとし、我が古夫をへ、ゑいゑい後に、
  御菩薩みぞろ池浪いけなみに、ひよひよと鳴くはひよどり、小池に住むは鴛鴦おしどり
  はんま千鳥がちちりんな。ちちりん、ちりち、ちんちり。
  ぢつとして、さてな、ゑりくりゑんじよの、
  岩間岩間を伝ふ。足は千鳥足。
  西は田のあぜ、危い危い危い危い危い危うてならぬへ。
  細道、畦路を、くぐり潜り潜りて、潜り潜り潜りて、
  松の嵐に。颯々さつさつとたぎりて落つる鞍馬川は、
  恋の渕瀬とただれども、なほも思ひは丑の時、
  撞き出す鐘と諸共もろともに、貴船のやしろに着きにけり。
訳詞 蜘蛛の巣の糸によって荒れた駒は繋げても、二心もった男には信頼がもてない。変り易い仇し野の頼りにならない我が身は思うままにならない。
月日が経って昔の訳を思うにも、情なく涙に濡れる我が袖。皆門に変える仇浪が寄せるように毎夜出て遠く仰いでみれば、大原や御室に近くの小塩山、糺の森の木の間を分けて通う車の主は誰であろうと見ると、人目につかないように包み隠すのが辛さで流す涙が袂に溢れる。
訳次第を言う友禅の左の腕に下げ、股には愛人の名なる助様命と入墨を彫り、その睦言も何時しか渕と瀬に変える様に心変わりがして歎かれる。
漁夫の捨てた舟の拠り所ない自分一人が舟を漕いで、恋焦れて行く水の影も清らかな加茂川であるよ。あまりの辛さに我が顔もやつれ果ててしまった。このように見捨てられては仕方ないことよ。
若い時代の三尺袖を年をとったら、どんな風な格好にしようか、考えたところで仕方ないことよ。袂を振れ振れもとの夫が懐かしい。我がもとの夫をえいえい後に見てのみぞろの池波にひよひよと鳴くのはひよどり。
いや小池に住むのは鴛鴦、浜千鳥はちちりんなちちりんなちちりんちりち、ちんちり、ぢっと静かに見れば浪を越して遠くへ岩間を伝って飛んでいく、足は千鳥足によろよろと、西の田圃の畦みち伝い。
危ない危ない危ない危ない危ない危なくてしょうがない。細道、畦道を潜り潜り潜り潜って、潜り潜り、潜って、松の風が颯々と吹いて、そのようにはげしく流れる鞍馬山、その川を恋の渕瀬と思って、たどって行くが、やはり思いは憂い辛い丑の時刻の時を告げる鐘は撞き出され、その音と共に、貴船の社に祈願をこめに着いたのであるよ。
補足 本調子長唄。
謡曲『鉄輪』のサシの部分による「蜘蛛の家に荒れたる駒は」の歌いだし。
謡曲の内容を踏まえつつ、当時の流行歌謡を盛り込んで、貴船までの道行を歌う。
津山検校制定の長唄40番のうちの第32番目。
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