古典曲検索

鉄輪
[カナワ]

ジャンル 地唄・箏曲
その他
作曲者 不詳 箏手付け:河原崎検校や葛原勾当
調弦 三絃: 三下り
箏: 平調子
  忘らるる、身はいつしかに浮草の根から思ひの無いならほんに。
  誰を恨みんうら菊の、霜にうつらふ枯野の原に、
  散りも果てなで今は世にありてぞ、辛き我夫の。
  あしかれと、思はぬ山の峰にだに。
  人の嘆きも生なるに、況んや年月思ひに沈む恨みの数、
  積りて執心の、鬼となるも理り。
  いでいで恨みをなさんと、しもつと振り上げ、
  うはなりの髪を手にからまいて、打つや宇津の山の、
  夢現とも分ざる浮世に、因果は巡り合ひたり、
  今更さこそ悔しかるらめ、さて懲りや思ひ知れ、
  殊さら怨めしき、仇し男を、
  取って行かんと臥したる枕に立ち寄り見れば、
  恐ろしや幣帛に三十番神ましまして、魍魎鬼神は穢はしや、
  出よ出よと責め給ふぞや、
  腹立ちや思ふ夫をば取らであまつさへ神々の、
  責を蒙むる悪鬼の神通、通力、自在の勢絶えて、
  力も弱々と、足弱車の廻り合ふべき。時節を待つべしや。
  先づ此度は帰るべしと、いふ声ばかりは定かに聞え、
  いふ声ばかりは聞えて、姿は目に見えぬ鬼とぞなりにける。
訳詞 夫から忘れられた身は何時しか浮草の根なし草のように、心の底から自分が思わないのなら本当に、誰を恨みましょう。恨む事もないが、深く思った夫から捨てられたのであるから怨めしい。うら菊は霜に色あせて、枯野の原にすっかり散ってもしまわないで、現在世に生存している夫は憎らしい。先方が悪くなれと思わないでやったことでも峯の上を覆う雲のようにうっとうしい悪い思いに歎くこともおこるのに、まして初めから長い年月思い沈んだ数々の根が積もっての執念からおこった事であるから鬼になるのも尤もな事である。さあさあ根を晴らさんと苔を振り上げ、後妻の髪を手にからげて打つ、駿河の宇津の山での現実とも夢とも分からない浮世にあって、己が犯した罪の因果が廻って、汝にあたる今となっては後悔することだろう。さあ懲りなさい。思い知れ、本当に怨めしい薄情な浮気男を取っていこうと臥した枕上に立ち寄ってみれば、恐ろしいことよ、幣帛に三十番神がいらして、新夫婦を殺そうとする悪鬼は汚らわしい、出て行け出て行けとお責めになるのであるよ。腹立たしいことよ。我が思っている夫も取ることも出来ず、あまつさえ、神々の責めを受けることによって悪鬼の持つ、神通も通力も自在の勢いがなくなって、力も弱く車輪のめぐりの悪くなった車のように動かなくなった。これでは時節を待つべきであるよ。この度は残念ながら帰るべしという声だけは、はっきり聞え、言う声だけは聞えて、悪鬼の姿は目には見えなくなってしまった。
補足 地歌。三下り謡物。
『新撰詞曲よしの山』に詞章初出。
謡曲『鉄輪』のキリの上歌以下の部分を採って、その前に夫に捨てられた妻の心情を表した詞章「忘らるる・・・」を補ったもの。
「忘らるる・・・」の部分は歌舞伎下座の『鉄輪相方』として用いられる。また「いでいで恨みをなさんと・・・」の部分は落語『べかこ』『嫁おどし』のはめ物にも用いられる。

~内容~
嵯峨天皇の御代、嫉妬深い某公卿の娘は貴船の社に詣でて、生きながら鬼神にして欲しいと祈願した。明神の託宣があって丈なる髪を五つに分け、それを五本の角にし、顔に朱を塗り、鉄輪を戴いて、足に松明をつけ、口にもくわえて頭にも五つの火を燃え上がらせ、眉太く、鉄漿黒くして、宇治の川瀬に三十七日おりて水にかかれとあったので、託宣通りすると、貴船の神は気の毒に思われ、願いどおり鬼とされた。そこで無情の男、その親族をないものにした。
一覧に戻る