ジャンル |
地唄・箏曲 手事物 |
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作曲者 | 不詳(讃州某・玉塚検校とも) |
調弦 |
三絃:本調子-三下り-本調子 箏:半雲井調子(菊原琴治) 四上り半雲井調子(米川琴翁) |
唄 |
水無月の、初旅衣きて見れば、 ここはすみ吉青によし、奈良坂越えて夕暮の、 空もしづかに寂滅為楽と告げわたる、 [合の手] これぞ名におふ大仏の、おねごともれて高円の、 よそに浮名や立田山、三輪の山路も裳裾の絲の、 いとどなげぶしふるさと春日野の、 社にしばしこの手をば、合せ鏡の底清く、 あれあれ南に雲の峯、暑さ凌ぎの三笠山、 [合の手] 月の七瀬の飛鳥川、かはるや夢の数そへて、 名所名所の都の辰巳、宇治の川面ながむれば、 [手事] 遠に白きは岩越す浪か、晒せる布か、 雪に晒せる布にてあり候。 [手事] 賤の女が、脛もあらはに [合の手] よそねじま、馴れし手わざに玉ぞ散る、 波のうねうね玉ぞ散る。 [手事] あら面白の景色やな、あら面白の景色やな、 われも家路に立ち帰り、つとに語らん、 花の家苞に語らん。 |
訳詞 |
旧暦六月のこと。初めて旅衣を着けて旅に出て来てみれば、ここは住みよい難波の住吉から奈良坂を越して、夕暮の空も静かに寂滅為楽と告げわたる、これが有名な大仏の鐘である。 かねてからの男女の約束事が世に洩れて、悪い評判が高円山ほど高くなり、よそに浮名が立田山の紅葉と立って、三輪の山路を裳裾の糸を巡って行くと、大層古い里なる春日神社へ参詣することになる。 しばらく手を合せ澄んだ合せ鏡のような清らかな心で拝礼をするのである。 あれあれ南に雲の峯が現れて夏を知らせるのである。 暑さ凌ぎの三笠山の笠を被り、月の名所の七瀬の飛鳥川に出る。 変わりやすい淵瀬の夢の数を加えて、喜撰法師の歌にある、都の東南の宇治の川面を眺めると、東方に白く見えるのは岩越す浪であろうか、晒した白布か、いや雪に晒した布なのである。 いやしい女の脛もあらわに出して着たよそね縞の衣、馴れた手さばきで波が立ち、水玉が飛び散るのである。 ああ面白い景色であるよ。 自分も家路に立ち帰り、土産話として話そう。 |
補足 |
大阪系の地歌。本調子手事物。「三役者」の一つ。 『今古集成新歌袋』(1789年)に新長歌として詞章初出。 奈良の古都から宇治に遊んで、各地の名所の情趣を土産にして語ろうといった内容で、一種の道行物。 手事の他にやや長い合の手が二ヶ所に挿入され、最初の合の手は『八段の調』の五段目を移したもの。 次の合の手は『さらし』の手に導かれるが、とくに布晒しを描写するわけではない。 手事は三段からなり、チラシが付く。 |