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石橋
[シャッキョウ]

ジャンル 地唄・箏曲
その他
作曲者 芳沢金七・若村藤四郎
作詞 初世瀬川路考
調弦 三絃: 三下り
  我も迷ふやさまざまに、四季折り折りの戯れに。

  蝶よ胡蝶よ、せめてしばしは手にとまれ。

  見かへれば、花の蔭に見えつ隠れつを休め、
  姿優しき夏木立こだち、心づくしの、此年このとし月を、
  いつか思ひの晴るるやと、心一つに諦めて。

  よしや世の中、短夜みぢかよに、夢はあやなし其移り香を
  にくくて折ろか、ぬしなき花を、なんの、さらさらさら、
  さらさらに、さらに恋はくせ物。つゆしののめの、
  草葉に靡く青柳の、いとしほらしく、
  二つの獅子の身を撫でて、かしらうあなだれ、
  耳を伏せ、花に宿やど借る、浮世のあらし。彼方へ誘ひ、
  此方こなたへ寄りつ、園の胡蝶にたはむれ遊ぶ、
  おのが友ぶ獅子のこま。

花に寄るてふつれだちて、追ひめぐりりつ、あがりつ、
そば揚羽あげはのしほらしや。

  追ひめぐり、下りつ、上りつ、傍へ揚羽のしほらしや。

  面白や。時しも今は牡丹の、花の、咲きみだれて、
  散るは散るは、散り来るは、散るは散るは散りくるは、
  散れ散れ散りかかく様で、おいとしうて寝られぬ。

  花見てもどる。花には憂さをも打ち忘れ。

  人目忍べば。恨みはせまい。為に沈みし恋のふち

  心からなる身のさを。やんれ、それはそれは。

  誠や辛や、花に胡蝶の来連れて。心からなる身の憂さを。

  やんれ、それは。まこと辛や、花に胡蝶の来つれてつれて、
  曲物くせもの曲物、寄るべ、寄る辺や波の。立つ名もままよ。

  口説くどけど君はつれなさよ。それ。それじやまことにさ。

  思ひまはせば昔なり。牡丹に戯れ獅子の曲、
  に石橋の有様。笙歌の花降り、せうちやく、琴、箜篌くご
  夕日の雲に聞ゆべし。目前の奇特あらたなり。

  暫くまたせ給へや、影向えいかうの時節も、今幾ほどによも過ぎじ。
  獅子、団乱旋とらでんの舞楽のみぎん。獅子、団乱旋の舞楽のみぎん、
  牡丹の花ぶさ匂ひ満ちみち、大きんりきん獅子がしら打てや囃せや
  牡丹はう々、牡丹芳々黄金こんきんのずゐ現れて、花に戯れ、
  枝にまろび、実にも上なき獅子わういきはひ
  靡かぬ草木もなき時なれや、万歳千秋と舞ひ納め、
  万歳千秋と舞ひ納め。獅子の座にこそなほりけれ。
訳詞 蝶が花に遊び戯れ迷うのを見ていると、自分も恋に迷うのである。
様々の四季の季節につれての戯れに、蝶よ、せめても暫く手に止って休みなさい。
見返れば、花の木蔭に見えつ隠れつ羽を休め、姿の優しい新緑の木立の中で、木をもませるこの年月を、いつか物思いが晴れるかと、すっかり諦めて、例え世の中は短夜のように短くても、夢はわけがわからないが、見た夢の中で、愛人のたき物が私の衣に移った香りが憎らしくて、手で折ってしまおうか。主のない花のような愛人を。
なんの更に更に恋と言うものは悪いものよ、不思議なものよ。
明け方の露は草葉に宿って艶っぽく、靡く青柳のようになよなよと、しおらしく二匹の獅子の身を撫でて、頭をたれ、耳を伏せて、花に宿を借りる。
常なく変りやすい世のあらしはあちらへ誘われ、こちらへ誘われ、園の蝶に戯れて遊ぶ。
自分の友を呼ぶ獅子の狛犬は花に集る蝶と連れ立って、互いに追いかけまわって、下ったり、上ったりして、傍にあげるアゲハチョウのしおらしいことよ。面白いことよ。
そのとき丁度、今は牡丹の花盛り、咲き乱れて散るは散るは散り来るは、散りかかるようにしなだれる様子は愛らしく、慕われて夜も寝られない。
花を見て戻る。花を見れば辛さも忘れ、人目をさければ人の恨みもあるまい。
愛人の為に沈んだ恋の深い渕、心の底から私の身の辛い思いを思うと、やれ、それはそれは本当につらいことであるよ。
花に蝶がうち群れてやってくる。そのように来る曲者、その曲者もよるところがない。
波が立つ様に評判が立とうが勝手にしろ。口説いても君はつれなくされるよ、それじゃ本当に思えばそれは昔のことであるよ。
牡丹に戯れる獅子の曲、それ本当に支那の天台山にある石橋の有様は、空から笙歌の音が響き、花が降って来て、蕭、笛、琴、箜篌の音は夕日の雲に聞こえるであろう。
目前の霊験は著しく現れる、暫く待ちなさい。
仏の現れる時も、この瑞祥にいくらも異なることはない。
獅子や団乱旋の舞楽の演じられるみぎりは、牡丹の花房の匂いが満ち満ちて、大巾、利巾の獅子頭よ打てや囃せや。
牡丹の花の芳い香りは馥郁として黄金の花のずいなる瑞祥が現れて、花に戯れ、枝に臥し転び、本当にこの上ない獅子王の勢いに靡かない草木のないときであるよ。
万才千秋いつまでも栄えよと、舞い納めて、仏の座におさまるのであるよ。
補足 三下り芝居歌。謡物。
正徳・享保期の成立とされる『古今端歌大全』に詞章収録。
この曲の途中を省略したものを『番獅子』と称したらしいが、両者を混同した結果、別題を『番獅子』ともいう。
謡曲『石橋』を原拠とする京阪の歌舞伎芝居の舞踊曲を取り入れたもの。
詞章的には『相生獅子』に近いところもあるが全体的には『執着獅子』と一致するところが多い。
三下りの替手や平調子の箏を加える演奏もあるが、京都と大阪で編曲に異同があり、大阪系では前半の「短夜の・・・恋は曲者」の部分に菊原琴治による補作がある。
最後のほうの「獅子団乱旋の舞楽のみぎり・・・」の直前の手事は三段からなり、獅子の狂いや髪洗いの所作を表す。
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