ジャンル |
地唄・箏曲 山田流 |
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作曲者 | 山田検校 |
作詞 | 越前家の姫君 |
調弦 |
三絃: 二上り - 本調子 箏: 四上り平調子 - 半雲井調子 |
唄 |
長閑なる、ころもきさらぎおしなべて、見わたす山もうちけぶり、 柳の糸の浅緑、春の錦か綾なくも、都に知らぬ白雲の、 たてるやしるべ桜狩。人の心も憧がるる、空を見捨てて越路には、 待つらむものを行く雁の、かをる、かをる翅は雲に消え、 声はあはれにきこゆなり。ゆくへ慕ひて立ちどまり、 名残りはしばし、わすれねど。初花ぐるまめぐる日の、 轅つらねて見ずもあらず、見もせぬ人や花のとも、 知るも知らぬも花の蔭、あひ宿りしてすがのねの、 長き春日をいたづらに、ひかずすごして花衣、なれし袂も香に染みて、 野辺も山辺も花ゆえに、いたらぬ隈はなけれども、山の、 山の岩根をとめて落つる、千筋百筋、佐保姫の、 手びきの糸の瀧なくば、手折りてゆかむ入相の、鐘より先に春霞、 たちなかくしそ、風は吹くとも。 |
訳詞 | 長閑な春は二月ごろ、野山は一帯に見渡す限り霞に煙って、柳の糸のような枝には新しい芽が吹き出して浅緑に色づき、青い柳と桜花とが綾はなくても、見事な錦を織り出している。 都人には知らない野山の桜の便りが聞こえて来る。桜狩の季節が到来したのだ。 花に憧れる人々とは反対に、桜の空を見捨てて北陸路に帰ってゆく雁は、待つものがあるからであろう。 花の香りの匂う翼は高く舞い上がって、雲の彼方に消え去ったが、その声は哀れに感じられて、飛び去った彼方を慕って立ち止まり、しばしの名残りを惜しんだことは忘れない。 桜の初花を見たいものと牛車の轅を連ねて、あちこちから集ってくる桜狩の人々は、見たこともない人たちだが、いずれも花の友達だ。 知っている人も知らない人も花の蔭に宿りして長い春の日をただなんとなく、春の衣服を来て桜の花の下で過ごしている。 着慣れた着物の袂も花の香が染みて、野も山も花の咲いていないところはないくらいである。 向こうの山の奥の岩を伝わって落ちてくる、春の女神の佐保姫が手で引き出した糸の様なたくさんの瀧がなければ、手折って持って帰りたいものだ。 暮れ方につく寺の鐘より先に、たとえ風が吹いても、春霞は桜を隠すようなことはしないでほしいものである。 |
補足 |
山田流箏曲。中七曲の一つ。 謡曲『右近』やそれに基づく『吉野天人』の詞章を借用しながら桜を求めて都を出て、桜の下で一日を過ごし、夕方帰る間際にもなお名残りを惜しむと言う内容にまとめる。 合の手の最後は『岡康砧』にもあるチラシ風の手事。 |