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関尽し
[セキヅクシ]

ジャンル 地唄・箏曲
その他
作曲者 藤林勾当
作詞 不詳
調弦 三絃: 二上り
  人知れぬ。我が通ひ路の関守は。

  宵々毎にうちも寝で、恋の流れのしがらみと、
  なりて人目の関しげき。

  忍ぶの山の露涙つゆなみだ、かかれとてしも烏羽玉うばたまの、
  夜夜よるよる毎に仇枕あだまくら、独り片敷かたしころも関路せきぢ
  夕夕ゆうべゆうべにあまびとの、濡れて苅りすわだつみの、
  みるを逢ふにて止みてただ。

  それとばかりの勿来なこその関路。

  霞が関のかごとにも、秋風ぞ吹く白河の、
  関路のとりははかるとも、なほせきかねて胸は富士、
  袖は清見が関なれや、煙も波も立たぬ日ぞなき。

  恋に品品しなじなさはりがござる。忍ぶその夜の月影つきかげひとつ。
  別れおそしと鳴くとりの声。
  はで立つ名や逢ふての浮名。いづれ思ひのたねぞかし。
訳詞 人に知られないように我が恋の通い路の番人は毎晩番などしないで、寝ていて欲しいものだが、寝ないで恋の流れのしがらみとなって、人目の番が激しく、それを忍んで流す露の涙は降りかかるのである。
このようにして、毎晩儚い枕に独り寝の衣を片敷く衣川の関。
毎夕漁夫が海水に濡れて刈って干す、ミルメの見るばかりを逢うに思いなして止めようと、ただそれだけにして、あとは来るなとの勿来の関路、霞ヶ関のかごとと恨み言をいっても秋風の吹く白河の関と知らん顔。
その白河の関で支那の故事のように、夜明けの鶏の声をまねて嘘鳴きしたところで、二人の逢うという名のついた逢坂の関所の戸は開けてはくれそうにもない。
余る思いを自分独りでは堰き止めかねて、胸は富士の煙、袖は清見が関の波ともえて泣かない日はない。
恋にはいろいろ障害があるものである。
忍んで通う夜には月光が明るく照る。
逢えば別れが遅いと鳴く鶏の声。
逢わないのに評判が立ち、逢えばうわさが高くなる。
どれもこれもなやましい思いの種なのであるよ。
補足 地歌。二上り長歌。
津山検校制定の長歌40番のうち第24番目。
『長歌三箇秘事』の一つ。
1751年以降の地歌歌本類に詞章が収録される。
古歌を引きつつ諸国の関所を並べ、恋の情趣を述べたもの。
最後「恋に品々・・・」以下、世話にくだけて俗謡調となる。
随所に三味線組歌破手組に準じた、やや長めの合の手が入る。
箏の手付けも行なわれ、京都では河原崎検校作曲のものがあり、ほかに富山清琴の手付けなどもある。
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