ジャンル |
地唄・箏曲 手事物 |
---|---|
作曲者 | 松坂春栄 箏手付け:津田青寛 |
作詞 | 不詳 |
調弦 |
三絃:本調子 箏:半雲井調子 |
唄 |
雨晴れて、露にしほるる萩、桔梗、薄を守る万年の、 賤が庵を訪ふ人も。 鳴く音はいとど鈴虫の、さやけき月を今やとて、 松の木蔭に心さへ、墨絵の芦を写さんと、 筆を揮へば九重の、雲の上にぞ登る月。 荒れにし窓の破れ御簾を、洩り来る影は白紙の。 墨の隈々書きつけて、葭原雀善し悪しを、 いふ言の葉の露までも。 細かに照し分けらるる、光も此処に増鏡、 磨く心の白玉は。 げに明けく治れる、聖の御代のしるしなりけり。 |
訳詞 |
雨が晴れて露にしおれた萩、桔梗、ススキのある万年画伯のあばら家には訪ねる人がない。 鳴く音が一層しげくなった鈴虫のさわやかな声に、澄んだ月を今が良いときと、松の木蔭に心を澄ませて、墨絵の芦を描こうと筆を揮うと、幾重にもかさなった雲の上の禁中に昇る月として献上することになった。 荒れた窓の破れた御簾から洩れて来る光によって、白紙の隅々まで墨をもって書き付けられた。 吉原雀が口うるさく出来、不出来をいう言葉の葉に宿った露までも、細かに照らして判別される。 光もここには増して明るく、曇りのない鏡を磨き上げた心の白玉は本当に明らかに平和に治まった聖天子の御代の象徴であるよ。 |
補足 |
本調子手事物。 1889年の『生田流琴曲歌之海』に収録されているので、初期の作品と思われる。 京都の画家鈴木万年が描いた墨絵の「芦」が宮中に納められたのを祝って作曲されたもので、歌詞に「薄を守る万年の賤が庵を」と、名前が読み込まれている。 マクラ・手事・中チラシ・本チラシの手事をもつ典型的手事物であるが、その手事には『御山獅子』・『四季の眺』・『里の暁』・『若菜』・『万歳』・『七草』・『鶴亀風流』・『儘の川』・『浮舟』などの、旧来の名曲の手を少しづつ借用して巧みにつないでいる。 |