ジャンル |
地唄・箏曲 その他 |
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作曲者 | 市川検校 |
作詞 | 井原西鶴 |
調弦 | 三絃: 三下り - 本調子 - 二上り |
唄 |
春日野の。若紫の摺衣忍ぶの乱れ限り知られぬ我思い。 置く露は、しづ心なき秋風に、 移ろふ人の濃茶花紫の萩の枝に、乱れみだるる心の辛さ。 その繰り言の又の夜に。君ならで、よんよん余所には 色には移さじ、紫の色に心はあらねども、 深くぞ人を思ひ初め、甲斐も渚に我袖しぼる人目、 人目忍ぶの我が通ひ路を、船にふち乗りおてきたちは来ぬかの、 うちのせ寄せつ、幾度思ふ宿の首尾。 とは思へども只一筋に、このわけ知らぬ人ならば、 たとへ万にいみじきとても、玉の盃手に触れよ。 しやんとさせ、そこは弥よ弥よ知られぬか、 君に逢う夜は待乳山。 手に摘みて、いつしかも見え紫の、音に通ひ行くうたたねの。 君の仰せは。実とは見えぬ、しんぞこの身は、 しのぞこの身は涙もろうて、憂ひぞつらいぞへ、枕も、 浮くばかりへ。わけのわけのよいにはいよほださるるへ。 しんぞ此身は、しんぞこの身は、涙もろうて憂いぞつらいぞへ、 枕も浮くばかりへ。 |
訳詞 |
春日野の若紫で摺った衣の乱れ模様のように人目を忍んだ恋に心が乱れ、いつまでか限りの知れない我が思いである。葉に置いた露は落ち着きのない秋風に、濃い紫色があせて、萩の枝に乱れて乳って行く辛い心よ。 その愚痴を言った翌日の夜、君でなければ他の人には情をうつす事はあるまい。縁、ゆかりの深い意を表すといわれる紫色の心ではないが、深く人を思い初め、その甲斐がなく、渚に悲しくて流す涙で我が袖は絞るほど濡らした。絞るほどに人目の注意を受け、その注意から隠れて通う路を、船に乗って愛する人が来ないかと、その人を乗せ、こちらに寄せ付けた。行くたびか逢いたいと思う宿での会合をと思っても、 ただ一筋にこの訳を分かってくれない人ならば、例え他のことは優れた人でも、徒然草に、立派な盃に底がないような人といったように、こんな人は物足りないものである。立派な盃を手にお持ちなさい。しっかりお持ちになっても盃の底はますますお気付きなさらないのか。君に逢う夜は待ち遠しい浅草の待乳山である。 手に摘み取った紫草を何時自分のものとして見ることが出来よう。その紫草の根が通るように、音を通わせつつ寝た仮寝の中に、君の仰せごとは本当とは思わない。本当にこの身は涙もろくて、この憂い辛い思いに枕が浮くくらいこぼれてしまう。訳の分かった気持ちにはいよいよ心惹かれてしまいます。本当にこの身は涙もろくて、この憂い辛い思いに枕が浮くくらいこぼれてしまう。 |
補足 |
地歌。三下り長唄。 「伊勢物語」「徒然草」「源氏物語」などの古歌・故事を交えながら、遊女の儚い恋を歌う。 津山検校制定の長唄40番のうちの第15番目。 |