ジャンル |
地唄・箏曲 山田流 |
---|---|
作曲者 | 山田検校 |
調弦 |
箏:雲井調子 三絃:三下り |
唄 |
この殿は、むべもとみけりさきくさの、三つば四つばの、 いつまでもかはらぬ春のひな鶴に、色をならぶる白梅の、 匂も声も長閑なる、夏をむねなる泉のほとり、 尾を引く亀に浦島が、昔がたりのいとわかわかと、 釣のでたちの人がらは、雲井にまがふ沖のかた、 あらおもしろの青海波と、酔へるがごとくたゆたうて、 歩むともなく行くともなく、 いたる所は蓬莱宮黄金をのべ玉を敷く、 ことなる竜のみやこにも、恋となさけは目に立つ波の、 音にきこえし姫はまだ、言ひ寄ることもしらぬひの、 つくし尽せる心のうちを、それとさとれどうちつけに、 なんと岩間のうつせ貝、よそのみるめもなかなかに、 なかだちいらぬにひ枕、濡れぬうちこそ露をもいとへ、 思へば不思議の縁ぞと、名残りはつきぬ月日貝、 かひある今日の玉手箱、携へ出づれば悠然と、 波の鼓ぞ聞ゆなる、枝はふりても色かへぬ松風は千秋の声、 年もやうやうくれ竹の、幾よかふべき長生殿、 老せぬ門にたちかへる、春をかぞふるさざれ石の いはほとなりて苔のむすまで。 |
訳詞 |
この御殿は本当に富栄えているのはもっともなことである。 幸い草の三つ葉四葉と軒端がいくつもあるいかめしい家造りであるから、この殿には常に変わらない春がある。 雛鶴にも白色を並べた白梅の匂いも声も長閑である。 暑い夏にふさわしい泉の辺に、尾を引いた亀の背に浦島は昔話に拠れば、誠に若々しく釣のいでたちで乗り、雲の靡く空と海との一つになってどちらが空か海か分からない沖の方へと、面白い青海原に酔ったようにゆらりゆらりと進んでいくともなく蓬莱宮に至った。 黄金や玉を敷き詰め、この世と異なった竜の宮ではあるが、恋と情は変わらない目に立つ波と噂が立ち、波の音の高い乙姫様はまだ言い寄ることも知らない。 何といってよいか言いようがない。 他の見る目もなかなかしげく、却って媒酌人のいらない新婚の枕。 露に濡れないうちは濡れるのを嫌がるが濡れてしまえば却って濡れるのを望むものだ。 思えば不思議な縁であると、名残りの月ない月日を過ごし、乙姫様と暮した甲斐があって、玉手箱を土産にもらった。 それを携えて出ればゆったりと波の鼓の音が聞こえてる。 枝は古くなっても緑の色を変えない松を吹く風は千年も栄えるという声がする。 年も次第に暮れて、幾代も経るという長生殿や不老門の名のようにいつまでも年をとらず再び訪れる春を数えて、細石が大きい巌になり、それに青苔が生えるまで永遠に栄えることであろう。 |
補足 |
山田流箏曲。中歌曲。 縁語・掛詞を多用して浦島伝説を歌ったもの。 前弾が付く。 「酔へるがごとく・・・」のあとの合の手で、波路を分けていく気分を表す。 蓬莱宮へと至った後、世話にくだけて乙姫との蓬莱宮での生活のさまを述べ、やがて玉手箱を携えての帰還となる。 明治期に中村秋香が部分的に改作した替歌もある。 |