ジャンル |
地唄・箏曲 その他 |
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作曲者 | 朝妻検校 箏手付け:河原崎検校 |
作詞 | 御堂上方 |
調弦 |
三絃:本調子 箏:半雲井調子 |
唄 |
浮寝の床に言問ふは、枕にかかる涙なり。 せめては夢になりともとまどろめば、 短夜に山ほととぎす、音づれて早や夜が明けた。 真ぞ辛い世の、焦るる憂身の消えもせで、 昼は終日泣き暮し、夜は夜毎に伏沈む、 槙の戸を打つ村雨や、梢にそよぐ松風や、 契り置かねどはかなやな、君が訪ふかと驚かされて、 いとど涙に目がくれて、壁に背ける燈し火の、 影幽なる暁の鐘の音。 つくづくと聞くからに、とかく叶はぬ世の中に、 ふつと思はじ、とは思へ、とは思へども、 また捨難き、過し別れに逢瀬と言ひし、 言の葉を忘れまい。 この世はさて措き後の世も、さてさてな、 逢ひ見ての後の心に較ぶれば、斯程物をば思はじものを。 昔恋しや今の身は。 |
訳詞 | かりそめの眠りの床に問いかけるものは枕に降りかかる涙である。せめて夢にだけでもと仮眠をすれば、夏の短夜に山時鳥がないて訪れ、早くも夜が明けた。本当に辛い世に恋しく悩む憂い辛い身は消えもしないで、昼は一日中泣き暮し、夜は毎夜寝込んでは泣き、縁側の戸を打つ村雨や、梢にそよそよ吹き付ける松風の寝に、約束はしないが、儚くも愛する君の訪れかと驚かされ、大変涙が流れて目がくらみ、壁に隔てられた灯火の光は幽かに光って、そのようにかすかに響く暁の鐘の音をしみじみと聞くに当り、何かと思い通りにならない世の中に一切あてにしないと思うが、しかし、そうは投げやりにもしにくい、過ぎたあの時の別れに、又の逢う瀬を待ちましょうといった言葉を忘れずにいよう。現世はさておき、あの世までも忘れずにいよう。しかしさてさてあってみてから以後の心と、逢わなかった前の心とを比べてみると、逢わなかった前の心のほうがこれ程までに物思いをしなかったものを、今の我身を思うと、昔のほうが恋しく思われるのであるよ。 |
補足 |
本調子長唄。 津山検校制定の長唄40番の第16番目。 古歌を引きつつ、恋人を待ちながら一人夜を明かす恋の苦しさを歌ったもの。 一説に光源氏の須磨流謫の心を歌ったものという。 |